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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2931号 判決

控訴人・附帯被控訴人(被告)

近鉄大一トラック株式会社

被控訴人・附帯控訴人(原告)

山辺正子

主文

一  本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し金四〇万九五五五円及び内金三〇万九五五五円に対する昭和五〇年六月一四日から、内金一〇万円に対する本判決確定の日の翌日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じこれを一〇分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

四  本判決は被控訴人(附帯控訴人)勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立て

一  本件控訴について

控訴代理人は、「原判決中控訴人(附帯被控訴人、以下たんに控訴会社という。)敗訴の部分を取消す。被控訴人(附帯控訴人、以下たんに被控訴人という。)の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  附帯控訴について

被控訴代理人は、「原判決を次のとおり変更する。控訴会社は被控訴人に対し、金九一万九七三二円及び内金八二九万九七三二円に対する昭和五〇年六月一四日から支払済みまで、内金九〇万円に対する昭和五一年一二月三日から支払済みまで、それぞれ年五分の割合により金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴会社の負担とする。」との判決を求め(第一審請求を上記のとおり減縮する。)、控訴代理人は附帯控訴棄却の判決を求めた。

第二当事者双方の主張

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正)

一  原判決四枚目裏一一、一二行目「二八九二万八〇五九円及び内金二七四二万八〇五九円」を「二八九二万八〇九五円の内金九一九万九七三二円及びその内金八二九万九七三二円」、同五枚目表一行目「内金一五〇万円」を「内金九〇万円」とそれぞれ改める。

二  同八枚目表三行目「バスと見間違えたこと」の次に「、被控訴人が右待合所付近で転倒し、起き上つた後、今度は同所の道路端の側溝付近でつまづいて倒れたこと」を加える。

三  同裏四行目「乙第一二号証」の前に「乙第一号証、」を加える。

(控訴会社の主張)

一  本件事故の原因は、被控訴人が加害車目掛けて故意に飛び込んだことにあるのであるから、加害車の運転者である訴外亡勝俣には本件事故について過失はない。

二  被控訴人は以前の骨折のため右足の自由がきかなかつたものであり、本件事故前に既に労働能力の一部を喪失していたのであるから、被控訴人の逸失利益の算定に当つては、この点を考慮すべきである。被控訴人は被控訴人の年齢に対応する昭和五〇年度賃金センサスによる産業計、就業規模計、学歴計の男子労働者の年間給与額に基づいて被控訴人の逸失利益を算定しているが、右統計は健康な男子労働者を前提とするものであるから、本件の場合に適切ではない。

(被控訴人の主張)

一 控訴会社の前記主張は争う。

二 被控訴人が道路上に転倒したのは、被控訴人に特有な身体上の不自由と停留所付近の設備上の瑕疵(段差)によるものであるから、被控訴人の過失はこれに格別非難を加え重大視すべき性質のものではない。いかに、被控訴人を責めても、被控訴人の過失割合を四割以上に断ずることは不当である。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実(ただし、(六)の事実を除く。)、同2の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証及び原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人が本件事故によつて両大腿切断及び左肩関節脱臼骨折の傷害を負つたとの事実を認めることができる。

二  そこで、控訴会社の免責の抗弁について判断する。

1  この点の事実関係についての当裁判所の判断は、次のとおり付加訂正するほか、原判決九枚目表一〇行目から同一一枚目表七行目までと同一であるから、これを引用する。

(一)  原判決一〇枚目裏二行目「つまづいて」を「つまづき勢いあまつて道路上に飛び出し」と改める。

(二)  同一〇枚目裏四行目「訴外亡勝俣は」から同六行目「原告を発見した」までを「訴外亡勝俣は、前叙のとおり、本件事故当時上向きの前照灯を点灯して加害車を運転していたのであるから、進行方向前方約六〇メートルの範囲までの道路付近の状況をはつきりと確認できたところ右バス停留所の手前四〇ないし五〇メートルの地点に差しかかつたとき右バス停留所の待合所付近にいる被控訴人を発見した」、同九行目「転倒したため」を「転倒したのに気付き」とそれぞれ改める。

(三)  同一一枚目表一行目「他方」から同五行目末尾までを削る。

(四)  同六、七行目「右認定を覆すに足る証拠はない」を「乙第八、九号証中右認定に反する部分は上掲各証拠に照して措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない」と改める。

2  控訴会社は、加害車の運転者である訴外亡勝俣が被控訴人を初めて発見した地点は、加害車が被控訴人を轢過した地点の手前約二〇・七五メートルの地点であり、しかも、その時点において被控訴人はバス停留所付近の道路外に佇立して加害車を見つめていたのであり、異常な行動に出る様子はなかつたと主張し、成立に争いのない乙第八号証(訴外亡勝俣茂人の警察官に対する供述調書、同第九号証(司法警察員作成の実況見分調書)中には第一発見地点に関し控訴会社の右主張にそう記載が存在する。そこで検討するに、右書証中の第一発見地点に関する訴外亡勝俣の供述及び指示説明は高速で夜間走行中の自動車から見たある一瞬の事象に関するものであるから、事柄の性質上その供述等の内容に正確性を期待し得ない場合が多いと考えられる上、右供述等を前提とした場合、時速五〇キロメートル(秒速約一三・九メートル)で走行中の加害車が右第一発見地点(轢過地点の手前二〇・七五メートルの地点)から被控訴人が道路上に転倒するのを発見した地点(轢過地点の手前七・三五メートルの地点)までを走行するのに要する時間は一秒弱ということになるが、その時間内に停留所付近に佇立していた被控訴人が本判決の引用する原判決認定のような経過をたどつて道路上に転倒することは時間的に見て不可能であり、更に、訴外亡勝俣が本件事故当時上向きの前照灯を点灯して加害車を運転していたのであつて、その進行方向約六〇メートルの範囲の道路付近の状況をはつきりと視認できたことは前認定のとおりであるから、訴外亡勝俣において前方注視を怠つていなければ右バス停留所の手前約六〇メートルの地点で右停留所付近にいる被控訴人を視認できた筈であることをも考慮すると、甲第八、九号証中の第一発見地点に関する記載部分はこれを措信することができず、他に控訴会社の右の点に関する主張事実を認めるに足りる証拠はない。却つて、前記認定事実に原審証人山辺博清の証言により真正に成立したものと認められる甲第三号証を総合すると、被控訴人は加害車を松本行最終バスと誤認して道路脇にあるバス待合所から道路の方に出て行つた際、足元を確認しなかつたため二度にわたつてつまづき自己の身体を加害車の進路前方約七・三五メートルの道路上に転倒させたのであるが、右バス待合所から道路の端まで約二・五メートルあること及び足の不自由な被控訴人がバス待合所を出たところでも一度つまづいて膝をついていることを考慮すると、被控訴人が右行動を起してから道路上に転倒するまで少なくとも三秒程度の時間が経過しているものと推認できるから、訴外亡勝俣が停留所付近に右のような行動を起す前の被控訴人の姿を認めたというのであれば、加害車の前記速度に鑑み、訴外亡勝俣の第一発見地点は右停留所(又は轢過地点)から少くとも四〇ないし五〇メートル手前の地点でなければならないことになる。そうすると、控訴会社の主張中第一発見地点に関する部分は採用できない。

次に控訴会社は被控訴人が加害車目掛けて故意に飛び込んだため本件事故が発生したと主張し、原審証人小野沢芳房の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証(訴外亡勝俣の遺書)中には一部右主張にそう記載が存在する。しかしながら、右乙第一号証中の「山辺は自殺者です……近鉄の車をねらつていたのです、保険がほしかつたのです」等の記載は訴外亡勝俣の推測に基づく判断を記載したものであつて、にわかには採用することができないだけでなく、本件の全証拠によるも被控訴人が何故に飛込み自殺を図らなければならないのかその動機を説明するに足りる証拠もないから、上記認定を覆して控訴会社の右主張を採用することはできない。

3  そこで、上記認定事実を前提として、訴外亡勝俣が本件事故について過失がなかつたとする控訴人の主張について検討する。

およそ自動車運転者としては、進路前方の道路左側付近に人がいることを発見したときは、その者が車道部分に進出することも予想されるのであるから、不測の事態に備え、その動静に注意を払うとともに、その状況に応じてあらかじめ減速し又はその者と自動車との間に安全な間隔を保つて進行する等の措置を講ずるべきであり、またその者が進路前方の車道部分に進出する気配を示したときは、急制動をかけるか又はハンドルを右に切つてこれを回避すべき義務があるというべきである。

これを本件について検討するに、まず、前記認定事実によれば、訴外亡勝俣は時速約五〇キロメートルで加害車を運転して右バス停留所の手前四〇ないし五〇メートルの地点に至つたとき、右バス停留所の待合所付近にいる被控訴人の姿を発見し、更に四〇メートル位手前の地点に至つたとき、被控訴人が右待合所付近から道路の方に向つて行動を起したのを認めたものと推認することができる(仮に訴外亡勝俣が右地点でそれを認識していないというのであれば、同人は前方不注視の過失を免れないというべきである。)。そうだとすれば、そのような状況下においては被控訴人が加害車の進路前方の車道部分に進出することも予想されるところであるから、訴外亡勝俣としては不測の事態に備え、その動静に十分に注意を払うとともに、自車を減速しかつハンドルを右に切つて被控訴人との間に安全な間隔を保つて進行すべき注意義務があるというべきである。しかるに、前記認定事実によれば、訴外亡勝俣は被控訴人が進路前方の道路上まで進出することはないものと軽信し、進路前方七・三五メートルの車道上に被控訴人が進出・転倒したのに気付くまでそのままの進路・速度を維持したまま漫然と加害車を進行させたため、被控訴人が車道上に転倒したのに気付いて初めて危険を感じ急制動の措置を採つたが間に合わなかつたことが推認されるから、本件事故の一因は訴外亡勝俣の右過失にあるというべきである。

他に右認定を覆し訴外亡勝俣が無過失であることを認めるに足りる証拠はない。

4  そうすると、控訴会社の免責の抗弁は理由がない。

三  損害

1  逸失利益 金一〇五二万四四一三円

成立に争いのない乙第六号証、原審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は本件事故発生前の昭和四六年八月事故により右下腿を複雑骨折したことにより、右足関節の機能に障害を残し、歩行に不自由をきたしていたことが認められる。右事実によれば、被控訴人の右後遺障害の程度は少なくとも後遺障害等級表(自動車損害賠償保障法施行令二条)一二級七号に該当するから、被控訴人は本件事故において既に一〇〇分の一四の労働能力を喪失していたと認めるのが相当である。右認定に反し、被控訴人が本件事故より前に労働能力を右認定以上に喪失していたことを認めるに足りる証拠はない。そして、被控訴人が本件事故によつて両大腿切断の傷害を負つたことはさきに認定したとおりであるが、右傷害の態様程度からすれば、被控訴人は右傷害によつて労働能力を完全に失つたと認めるのが相当である。そうすると、本件事故による被控訴人の労働能力喪失率は、先の事故による労働能力喪失率である一〇〇分の一四を差引くと、一〇〇分の八六ということになる。

ところで、被控訴人は本件事故当時六〇歳であつたことは当事者間に争いがないから、本件事故に遭遇しなければ満六八歳まで就労可能であつたというべきである。そうすると、被控訴人は、その間毎年、被控訴人の右年齢に対応する昭和五〇年度賃金センサスによる産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者の年間給与額(きまつて支給する現金給与額に年間賞与その他の特別給与額を加算したもの)である金一八九万三五〇〇円に一〇〇分の八六を乗じた額である金一六二万八四一〇円相当の収入を得ることができたはずである。

そこで、ライプニツツ式により中間利息を控除して被控訴人の得べかりし利益の本件事故当時の現価を算出すると、次のとおり金一〇五二万四四一三円となる。

(年間給与額) (ライプニツツ係数)

1,628,410円×6.463=10,524,413円

2  治療関係費 金二九八万三一五三円

当裁判所は被控訴人が本件事故による治療関係費として右金員を支出したと認めるものであつて、その理由は、原判決一四枚目表九行目「一一六万四〇〇〇円」を「金一一四万円」、同末行「相当とする」を「相当とするから、その間の付添費用は金一一四万円となる」とそれぞれ改めるほか、原判決一三枚目裏一二行目から同一四枚目表末行までと同一であるから、これを引用する。

3  介護料 金六八五万七六二〇円

当裁判所は被控訴人が病院から退院した昭和五一年一二月二八日以降同人が支出すべき介護料の本件事故当時における現価は金六八五七六二〇円であると認めるものであつて、その理由は次のとおり付加訂正するほか、原判決一四枚目裏二行目から同末行までと同一であるから、これを引用する。

原判決一四枚目裏二行目冒頭から同二行目「六二歳五か月であつた」までを「被控訴人が本件事故当時満六〇歳であつた」、同五行目「一五年」を「一六年」、同一〇行目から同一二行目までを「そこでライプニツツ式により中間利息を控除して右退院後の余命期間の介護料の本件事故当時の現価を算出すると、次のとおり金六八五万七六二〇円となる。」、同末行の数式を「2000×365×(10.838-1.444円)=6857620円」とそれぞれ改める。

4  過失相殺

当裁判所の過失相殺についての判断は、原判決一二枚目表四行目「他方、」の次に「上記認定事実によれば、」を加え、一三枚目表三行目「被告側(すなわち訴外亡勝俣)が四割、原告が六割」を「控訴会社側(すなわち訴外亡勝俣)が三割、被控訴人が七割」と改め、同四行目の次に行を改めて「前記のとおり、本件事故については被控訴人に重大な過失があり、被控訴人の前記1ないし3の財産的損害については七割の過失相殺をすべきであるから、結局被控訴人の前記財産的損害合計金二〇三六万五一八六円のうち、控訴会社において負担すべきものは、過失相殺の結果、金六一〇万九五五五円(円未満切捨)となる。」を加えるほか、原判決一二枚目表四行目「他方」から同一三枚目表四行目までと同一であるから、これを引用する。

5  慰藉料 金五〇〇万円

当裁判所の慰藉料についての判断は、原判決一五枚目表八行目から同裏一行目までと同一であるから、これを引用する。

6  損害の填補・弁護士費用

当裁判所の損害の填補及び弁護士費用に関する判断は、原判決一五枚目裏六行目「三五九万九八二一円」を「金三〇万九五五五円」、同末行から一六枚目表一行目にかけて「金四〇万円」とあるのを「金一〇万円」とそれぞれ改めるほか、原判決一五枚目裏二行目から同一六枚目表一行目までと同一であるから、これを引用する。

四  結論

以上説示したところによれば、控訴会社は加害車の運行供用者として被控訴人の被つた前記損害金合計金四〇万九五五五円及び内金三〇万九五五五円に対する本件事故発生日である昭和五〇年六月一三日から、内金一〇万円に対する本判決確定の日の翌日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払うべき義務があるものといわなければならない。

そうすると、被控訴人の本訴請求は右金四〇万九五五五円及び内金三〇万九五五五円に対する昭和五〇年六月一四日から、内金一〇万円に対する本判決確定の日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。よつて、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、被控訴人の本件附帯控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村岡二郎 藤原康志 渡辺剛男)

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